朱雀の、啼く

文学と、政治と。

雑 感 141030

秋が、生き急ぐ人の嘆息のように深まり、濃い色彩は柔らかな日差しを受けて、益々、安らぎのうちに、枯れゆく世界を瑞々しくする。頰を撫ぜる風の、溌溂とした冷温は既に、終焉のなかに芽吹きを守る季節が道の先に佇んでいることに、一種の覚悟を迫る、よそ…

随 想 6

・志位和夫「綱領教室」第三巻、民主主義革命路線の解説。<安保>と<大企業支配>が日本民主主義の二つの異常をなしているという分析は直観的に理解し易いが、これを理論的に証明するとなるとそう容易ではない。そもそも民主主義革命が必要である民主主義…

随 想 6

・志位和夫「綱領教室」第三巻、民主主義革命路線の解説。<安保廃棄>と<大企業支配>が日本民主主義の二つの異常をなしているという分析は直観的に理解し易いが、これを理論的に証明するとなるとそう容易ではない。そもそも民主主義革命が必要である民主…

随 想 5 

・ルイ・アルチュセール「資本論を読む」「マルクスのために」「哲学について」今村仁司「アルチュセール」「アルチュセール全哲学」amazonより届く。 ・資本主義の一元化作用は凄まじい。政治も文化も、上部構造の秩序にまで一元性を貫徹し、資本の運動に従…

随 想 5 

・ルイ・アルチュセール「資本論を読む」「マルクスのために」「哲学について」今村仁司「アルチュセール」「アルチュセール全哲学」amazonより届く。 ・資本主義の一元化作用は凄まじい。政治も文化も、上部構造の秩序にまで一元性を貫徹し、資本の運動に従…

随 想 4  (歴史的必然性と未来)

(未来社会論学習の前段として) 「未来社会論」は日本において、「民主主義革命論」とは連関のうちに一定の区別を置き、「社会主義・共産主義」社会論の呼称として用いられる。「社会主義・共産主義」とは、分配方式の区別を中心とした伝統的なマルクス=レ…

随 想 3

・第五章 社会主義・共産主義の社会を目指して (志位和夫「綱領教室」第三巻) 新しい未来社会論の意義と構成について 世界の資本主義の矛盾とその根源 社会主義的変革の中心は何かー「生産手段の社会化」 未来社会論の豊かで壮大な内容について 社会主義・…

随 想 2

・決して多いとは言い難い中上健次のテクストのうちで私にとって特に感慨深いのは、「近代日本文学の金字塔」などと称揚される事の多い「秋幸三部作」ではなく、「化粧」「熊野集」「千年の愉楽」「奇蹟」といった短編連作の系列である。「秋幸三部作」には…

随 想 1

・講師資格試験の対策準備会に県委員会事務所へ赴く。参加者6名。前年までの出題を例に回答の要点の解説を受ける。 ・綱領は現在の日本政治の主要問題として、アメリカと大企業という二つの政治的実体に日本政治が重い規定を受けている事実を指摘している。…

備忘録

・何かと忙しない時代である。日本は大きな転換期を迎えているし、志位委員長が言うように、自民党政治の総決算が迫られている状況であるだろう。国会の様子を見ると、既に国民からの支持を失った第三勢力が、気の抜けた馴れ合い政治を続けてはいるが、時代…

10.11アピールウォーク告知

はてなブログ再開

はてなブログを再開します。

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はてな版の休止と、tumblr版の開始

気分転換のため、しばらく、tumblrをメインに使用します。 http://akacanaria.tumblr.com/ になります。

返信

共同幻想論は長年積読してありまして、手つかずのままで恐縮なのですが、イデオロギーと吉本のいう三つの幻想領域は近い所にあるようですね。同一である訳ではないでしょうが。マルクス主義は経済的下部構造に何らかの程度において規定されるものとしての上…

イデオロギーについての雑感

バイアスとイデオロギーは異なる。バイアスは先入観、偏りを意味する。先入観とは、真理を覆い隠す誤った前提的知識の謂であろう。だがどんな知識も、何らかの先入観から始まるのであり、真理は直接に獲得できず、知識の深化の果てに想定されうるような何か…

目的論について

ポストモダニズムの興隆以降の目的論の否定の論調の弊害は、実に大きなものである。宗教批判の歴史的な核心は、ここにこそ存するとさえいいうるかも知れない。感動、という精神的・身体的現象は、瞬時的な脳への刺激に歪曲・還元される。だが実際は、これは…

近況

ジャン=ジャック・ルソー「社会契約論」を読んでいる。読みながら、<民主主義>への情熱が華々しかったであろう当時のフランスについて思いを馳せる。どんな流行も、それが本質的なものに根ざしている場合には世界を動かし、変化させる。そういう生き生き…

ドグマテイック・ラデイカル・イデオロギーズ

全否定の試み、きたるべき黎明のための 危機はわたしの属性である(十月の詩ー田村隆一) 1. 「現代詩」は今どんな状況にあるのか。「現代詩手帖」などのバックナンバーを並べて少し眺めてみるなら、いつも「現代詩の危機」「詩の危機」が謂われてきたこと…

弁証法とはなにか 1

「こうしん君、弁証法って何なの。よく聞くけど、難しそう」「うん。弁証法は、むずかしいよ。ぼくにもわからない、あんまり」こうしん君はコーヒーを啜りながら、肩を竦めてみせた。「ただ、あんまり、分かっている人は、いないんだよ。だから、とりあえず…

近況

よく晴れた日です。雪と青空の対照がうつくしい。のんびりと休日を過ごしています。 最近は、「現代詩フォーラム」に、実に無責任な調子で散文を書いて投稿しています。内容は、マルクス主義の概観。といっても、ほんの触り程度の纏めに過ぎません。東欧・ソ…

ひとつの洗礼式

2010年12月19日(日曜日)、クリスマス礼拝のなかで、洗礼式が執行されました。わたしの教会は家から徒歩3分程のところに所在し、併設された幼稚園を、わたしは26年前に卒園していました。そのあと、2年ほどは、教会学校に通っていました。当日…

受洗を控えて 2

雪が降り、少しづつ積もってゆく。おそらくパレスチナの地に雪は降らないだろうが、わたしの身勝手な想像の中で、イエス・キリストの十字架は、雪の中に屹立している。純白の雪を染め抜く血飛沫は、我々の罪の深さを証して余りあるだろう。その血飛沫がまた…

受洗を控えて 1

プロテスタントの教会に通い始めて一年がたち、翌月に洗礼式を控えている。聖書通読はなかなか捗らない。まだ受洗には準備が足りないようにも思われ、申し訳ないような気持ちでいる。洗礼を薦めて下さった牧師、ご承認頂いた教会員のみなさんには、感謝の言…

感 受 性

最近、気になっているよく判らない概念に、「感受性」というものがある。様々な現実的な出来事や、芸術作品に接して、敏感に心が反応する人のことを、「感受性が高い」と、いったりする。よく似た使われ方をする言葉には、「感性」といったものがある。どう…

備 忘

文学とは何だろう、文学者とはなんだろうか、と、思う。わたしの場合、信仰と学問との狭間において、それを問いかけている。聖書には全てが書かれているから、祈りながらその言葉に身を委ねればそれでいい、という考えは、おそらく正しい。信仰を志すものと…

断片 13

労働とは何だろうか、と、働きながら、考えたりもする。わたしの労働観の基礎は、いたって素朴なものだ。開拓民(=侵略者、でもある)の生活を、想起する。狩猟、採集、耕作。社会があって働く、というよりも、働くことで、これから社会が形成されていく、…

断片 12 (現実)

思考を拘束する、「現実」という言葉の呪わしい魔力には、いつも抵抗していたい、と、思う。「現実」なるものは、誰もが私有することのかなわない、「真理」のようなものなのだが、時に、説得のためのレトリックとして、この言葉が用いられることがあるから…

断片 11 (土地)(みえない核)

15歳までは、この、八雲の地で過ごした。学校の関係で、函館市に移り、そこで3年間を送って後、東京で暮らし始めた。 東京には、10年ほどはいたのだろうか。大学生活をそこで送り、その後、様々な出来事を経験した。再び、八雲の地に帰省して3年程にな…

断片 10

中上健次の作品を、思えばまだすべて読破した訳ではないのですが、最も心酔させられたのはやはり彼であって、わけても、「枯木灘」、「千年の愉楽」、「奇蹟」の諸作品であった。だが、中上健次の作品について語られるものを読んでみても、いつも裏切られる…

断片 9

戦後詩、というカテゴリーは、だいたい1970年頃のものまでを指すらしい。戦争のあと、という形で、「第二次世界大戦」の行われた時期をひとつの画期として定めているのだが、それはたんに世界史上の時代区分に倣ったものではなくて、詩史上にも、明らか…

断片 8

しずかな休日である。晴れていて風もあたたかい。窓からは、踊るように、傾いた西日が入ってくる。今日は、谷川俊太郎の詩集、石原吉郎の詩集、聖書、讃美歌集などをひらいては、茫然と眺めていた。讃美歌集の詞の言葉は、素朴ながら、ただ眺めているだけで…

断片 7

かつてロンドンにおける講演会で、ステファン・マラルメは、フランスにおける詩の定型からの解放の始まりを、ふかい驚きをもって伝えていた。それから100年以上の時が過ぎ、日本においてさえ現在では、詩とは一般に自由詩を指し、定型詩の試みはいずれも…

断片 6

アナーキズムに対して、さしたる理論的な関心はない。というより寧ろ、大杉栄にもクロポトキンにもバクーニンについても、わたしは殆ど知識を持たない。だが、近代文学にとってアナーキズムの様々な形態が果たした役割は、けして看過できないものがある。既…

断片 5

一方で私には、詩が何か高等な技芸であってたまるか、というような思いもまた、ある。飲みながらの愚痴、便所の落書きにこそ、詩の根源があるとするべきだ。そこからゆくと、現在の詩の書き手というのは、自由な心の領分すら、何かしら外的な秩序の拘束のも…

断片 4

殊更に、詩という、たかだかひとつの文芸ジャンルを祭り上げるつもりはない。だが、そこには、われわれの「心」の問題が依然として横たわっているのである。だから私はそれに拘泥する。いかなる発展もまたいかなる歴史的悲劇も、もしそれが人の「心」の問題…

断片 3

時代は確かにニヒリズムのものである。核心にある空虚を隠蔽するための笑顔が溢れている。おそらく、諸家が指摘する通り、それはかつてニーチェが、あるいはフーコーが予め指摘したような人間の没落の時代なのだろう。わたしはニヒリズムの徒でありたいなど…

断片 2

現代詩については、学生時代にいちばんよく読んでいたと思う。最近は余り目を通すこともないのだが、それは、わたしのなかで何らかの或るものが、失われているという感覚と深く関係するように思っている。図式的に整理することはさほど困難ではない。ようす…

断片 1

stingを聴いている。思潮社の現代詩文庫を何冊かクローゼットから取り出してみる。ページを捲りながら、とりたてて言葉も出てこない自分を訝しく思う。わたしは詩という文芸が好きである。だが詩の言葉の、なんと困難なものかと、改めて思います。ほんとうは…

ホームページ

七日くらい以前からになるでしょうか、ホームページの制作を始めて、ようやく公開が実現しました。このはてなダイアリのプロフィール欄にも記載していますが、urlはこちらになります。 http://akacanaria999.weebly.com/です。タイトルは、このページと等し…

テスト

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近況

近況 さて、年が明けて第一回目のブログになります。生来、こういう日記の類を持続することを、大の不得手とする自分にしては、この「まっ赤なかなりあ」は、よく続いているものだと思います。ええまあ、非常に散発的な執筆に過ぎないのだけれども。ともかく…

脆い思想

雪が、ようやくやみました。朝方から、ずいぶん、勢いよく、降っていました。もうすぐ、積雪になるでしょう。2009年という年も、間もなく終わろうとしています。今日は仕事がお休みで、音楽に耳を傾けたり、食事へ出かけたり、あるいは、八木重吉の詩を…

ヘーゲル 2

「キリスト教の精神とその運命」第2章、イエスの登場。ここから、聖書の記述に即して、ヘーゲルのイエス観が開陳されています。ここでは「実定性(既成性)」なる概念がキーワードになっている。ユダヤ教のいわゆる律法主義と、当時、広く名声を博していた…

ヘルダーリン 2

当たり前だが、仕事を終えた後に読書をするのはなかなか厳しいものがある。今日はヘーゲルとヘルダーリンに関する論文を検索して読んでみた。ヘルダーリンの詩は古典主義からロマン主義に転ずる過渡期にあって、そのいずれに属するとも判別しがたい独特の様…

ヘーゲル 1

気候の変化の影響か、知らず知らずの内に疲労が溜まっていたものか、おそらく両者なのだろうが、数日前から再発した腰痛が、よくない。椅子に腰かけて読書ができないのがつらい。今日はヘーゲルを読んでいた。「キリスト教の精神とその運命」である。第一章…

ヘルダーリンを読みながら

岩波文庫、川村二郎訳、ヘルダーリン詩集。川村二郎は、先日偶然にひらいてみた30数年前の詩誌において、天沢退二郎と対談し、詩の現状についてふれ、「フォルム」の欠如、乃至、崩壊について発言していた。現時点からふりかえってみて、実に正鵠をえた指…

無神論の意義

amazonでオーダーしていた2冊が、ようやく届きました。辺境の小さな町で暮らす身には、通信販売の発達は誠に悦ばしい。だが、池袋のジュンク堂、リブロ、もはやないが、ぽえむ・ぱろうる、それに早稲田の古書店街が無性に懐かしくなる時がある。まァ、また…

その雪に、さわれない

雪が降っている。昨日の明け方から降り始めたのは仕事中だったので確認したが、まさかもう積もるものだとは思っていなかったので、真っ白く雪化粧をした窓の外の光景には驚かされました。まだ、自動車のタイヤを冬用のものに交換していないのが聊か気がかり…

memo

現代詩とポエム、なる対立概念を用いることに、どれほどの意義があるだろうか。それは寧ろ、真の対立を覆い隠す幻想ではないのか。ポエム、は、現代詩の主流を自認する立場からの蔑称である。だが、「現代詩の主流」とは何か。そんなものが実在しているのだ…