朱雀の、啼く

文学と、政治と。

ワファ・イドリスの場合

 ワファ・イドリスは2002年に亡くなった。自爆攻撃の実行者である。

 パレスチナの難民キャンプに住み、ボランティアで救急隊員をしていた。エルサレムで起こったこの自爆事件では、150人以上が負傷したとされています。

 わたしは、彼女についてつたえる文章をよんで、否応なく、涙が滲むのを感じました。

 私の中の何が、彼女とその行為に対して、ある共感のようなものを寄せているのかを、わたしは自覚しないといけない。

 そう、思った。

 「自爆テロはいけない」

 そういう言葉が、まったく空虚に感じられる。

自爆とは、「いけない」などという制止が意味をなす遥か遠い地平で択ばれるものです。

それが、ある種の強制でないならば。

いわば、善悪の彼岸にある行為である。

 私たちの時代は、自爆と無差別殺人という、ある限界点に直面させられている。

それはまた、希望でもあると思います。自爆攻撃、それより先はありません。そこが限界なのです。

アルカイダは、組織そのものが、9.11において自爆を図ったのだともいえないでしょうか。

あの原爆投下ですら、自爆ではなかったといえる。

わたしには、無辜の概念と自爆の現実とは、ある対照性をなしているように思えます。

自爆攻撃とともに、無辜なるものの欺瞞性は、満天下に晒されている。

 

 ワファ・イドリスは2002年に亡くなった。


参考: パレスチナ 瓦礫の中の女たち 古居みずえ 岩波書店 2004