朱雀の、啼く

文学と、政治と。

断片 5

 一方で私には、詩が何か高等な技芸であってたまるか、というような思いもまた、ある。飲みながらの愚痴、便所の落書きにこそ、詩の根源があるとするべきだ。そこからゆくと、現在の詩の書き手というのは、自由な心の領分すら、何かしら外的な秩序の拘束のもとにおかれているものと看做すべきなのかもしれないし、それはむしろ哀れむべき事態であろう。心の本質的自由を守るものもまた、詩というひとつの抵抗の形態であった筈である。心は決して汲みつくされない永遠の自由の泉である。そこから湧き出るような言葉を、詩を。