朱雀の、啼く

文学と、政治と。

随 想 5 

 ・ルイ・アルチュセール資本論を読む」「マルクスのために」「哲学について」今村仁司アルチュセール」「アルチュセール全哲学」amazonより届く。

・資本主義の一元化作用は凄まじい。政治も文化も、上部構造の秩序にまで一元性を貫徹し、資本の運動に従属させようとする。無論、偽の起源であり、偽の一元論多様性が瀰漫している。

志位和夫「綱領教室」第三巻、民主主義革命路線の解説。日本独自の民主主義革命路線の世界史的意義を予感させる。長年の闘争史の経験を踏まえた党の理論は、慎重に過ぎるかと思える程、慎重なものである。たとえば西ヨーロッパでも民主主義革命路線は有り得たかも知れぬと空想する。民主主義そのものがその質と量において幅を持っている。階級対立の深さとも連関して、本当に民主主義(ブルジョワ民主主義)を誇る事の出来る国家がこの地上にどれだけ存在するか。

・レーニンの時代のプロレタリア民主主義とプロレタリア独裁社会主義体制内民主主義に関しての考察を検討したい。たとえば中国民主化の動きにも、日本共産党の民主主義革命路線にも直結する所だろう。おそらく不破哲三の過去の著作に言及がある筈だ。

ヘーゲルバタイユ(寧ろコジェーブ?)の絶対的否定性に対しては、絶対的肯定性(絶対者)が対立概念としてありうる筈だが、エピクロスアルチュセール的な「偶然性」をどう位置づけるべきなのか。絶対的否定性に関して神学上の悪の起源や実在性を巡る議論、いわゆる「否定神学」の議論などの検討を要するかと思われる。たとえば二つの平和が、絶対性について存在する。生きられる平和と死の平和。クリナメン、必然性と偶然性、デーモニッシュなもの、ダイモーン、真空(パスカルアルチュセール)、空虚。

・根源的多様性を想定しようとすれば、「根源」概念が一元論的である限り、根源ないし起源の否定とならざるを得ない。多様性の称揚が起源の否定と組み合わせられる必然。

だが、そこにデーモニッシュなものの介在がないか?それが宗教(信)に対立する科学(論理)の名に於いてなされるのは偶然ではない。アルチュセールの病も、ヘルダーリンヘーゲルの親密さも、偶然ではない。