Twitterより転載

考えてみればドゥルーズガタリの戦争機械は、ヘーゲルバタイユの絶対的否定性を彼らなりに具象化したものなのかも知れないが、そこにはアナーキズム的などうしようもなさが存するのは否めない。むしろ共産党こそ戦争機械である、と、アルチュセールなら言うだろうが、これはごくごく狭いフランスの、終焉した現代思想オタクのポストモダン的駄弁であって、どうでもよいことだ。 

 確かに最賃大幅値上げというと、良心的な労働者ほど、経営の心配をしてしまうみたいだ。あくまで中小企業向けの大胆な国からの支援とセットで、というのが大事かも。昔の労働者はひたすら賃上げで押して行けたかも知れないが良くも悪くも、最近の労働者は経営への理解がある。

 最賃引き上げは企業を倒産させるためでは勿論ない。倒産してしまったら労働者が路頭に迷ってしまう。ただ経営感覚があるのは良くても、労使対立という発想が希薄なのは、コーポラティズム的な時代の推移の結果なんだろうね。

貧困ラインで苦しんでいる方々はともかく、いまや分解しつつある中間層には、余り日本の労働者が先進国の水準から見て、低廉な賃金や労働法の蹂躙、不利な労働環境に置かれているという実感がないのかも知れない。名目GDPで見たら日本はまだ世界三位にあって、十分な体力はあって、内部留保に顕著。