朱雀の、啼く

文学と、政治と。

雑記

アルチュセールの「難解さ」と「気軽さ」。カントとヘーゲルの理解が全ての基礎となる。マルクスアルチュセール弁証法的な差異を考える必要。ヘーゲルの一見、整合的に「見える」テクストの外貌とその微小な論理の振動の向こうにある真にヘーゲル的な思想。非合理主義としてのマルクス思想を一考する必要。

・経済学の合理性。資本主義が閉じた体系出ない以上は、資本主義思想も無矛盾な体系であることはできない。そもそも「無矛盾な体系」自体が理念でしかない。近代合理主義思想だけでマルクスも資本主義も捉えられない。

・私が敢えてマルクスを考え、論ずるなら「資本論」と「ドイツ・イデオロギー」、「経済学哲学草稿」及び「ユダヤ人問題」だろうか。今、マルクスから導出されるべきは民主主義論、共産主義に包摂されその前提になるような民主主義論であり、資本主義の内的な危機性=可能性である。未来は危機から生まれるものだから。

・未来志向の文学とは、新しい倫理の萌芽を肯定するようなものであるほかない。ルネサンス文学が近代ヒューマニズムと共にあったように、新たな世界の中の新たな人間性を、より本質的な自由の可能性を育むのが文学精神の新たな定在でなくてはならない。