朱雀の、啼く

文学と、政治と。

自民党綱領(2010年)の解説①

 

 

自由民主党の最新の綱領の解説①。

2010年、前年の総選挙で民主党に大敗を喫し下野した自由民主党は、平成22年綱領を採択する。そもそも民主党政権の成立は1990年代末頃から政界・財界が一致して推進してきた「日本における二大政党制の創設」の運動の一つの結果であった。

これはアメリカ合衆国政府当局の強力な指示も背景にしていた。「二大政党制」は、およそ論理的な二項対立、また米ソ冷戦構造がそうであったように、多様性と真実と、真の根本対立を隠蔽する傾向がある。およそ国民の意志の多様性は、可能な限り多数の代表者によって議会へ反映され、可能な限り長時間による丁寧な議論を経て錬成されるべきことは、民主主義の正道である。だが、日本における二大政党制推進の議論と共に、「小さな政府」を良しとする風潮から日本の市民意識はまだ脱しきれていない。「民主主義」というイデオロギー、価値観にとっては、政府の「大きさ」は、国民の大きさと等しくなくてはならず、大きすぎても小さすぎてもいけないことは、論を俟たないが、「大きな政府福祉国家」への歴史的な攻撃が、新自由主義新保守主義とセットの作為的な虚偽であったことが、まだ充分に明らかにされていないからである。

我が党は、「反共産・社会主義、反独裁・統制的統治」と「日本らしい日本の確立」―の2つを目的とし、「政治は国民のもの」との原点に立ち立党された。平成元年のベルリンの壁の崩壊、平成3年のソ連邦の解体は、この目的の1つが達成されたという意味で、我が党の勝利でもあった。

 

1955年に自由民主党が結党され、これ以後の日本政治の体制は「55年体制」と呼び慣わされている。自由民主党日本社会党の対立を軸として、限られた例外的事態を除けば、事実上、自由民主党が一党支配を維持する日本政治システムが定着する。元より、綱領の「現状認識」にある「政治は国民のもの」という「原点」に、何の異論もないし、共産党綱領も、政治主体を国民とする綱領を持つ。この点に、共産党自民党に論理的な対立はない。対立は、自民党が<原則として国民主権を建前として保持するが、可能であれば天皇中心という建前に変更し、実権は自民党が独占したい>のに対し、共産党が、<ソ連や中国の共産党支配をも公式に批判し、道を分かって、国民主権の民主主義を徹頭徹尾、貫徹する>という、綱領そのものを虚偽とするか、真実性の確信を持つか、また虚偽として単に利用するか、綱領そのものを目的とするかという、実践的な綱領論的態度の対立に他ならないのである。

「反独裁・統制的統治」は、主に二点の目的を射程とする。一つには、「戦前の大政翼賛会及び軍部と天皇を中心とした独裁体制」への言葉だけの「反省」=アメリカ政府当局への服従の表明と、「統制的統治」つまりソ連型計画経済制度のような経済過程への政治介入の否定=経済的自由主義の標榜つまりアメリカ的資本主義への服従である。

「我が党の勝利」という記述は、「ソ連邦の解体」が自由民主党「結党」の目的の一つであったことを強調するものであるが、綱領の一番初めに、他国や他なる主義信条への敵対が自己の存在目的であることを明言するのは、厚顔無恥であるという他ない。

我々の存在根拠は他者への愛であり肯定であるが、自由民主党の存在根拠は、「アンチ」というネガティブなものに過ぎなかったのである。

 そこに至るまでの間、共産主義社会主義政党の批判のための批判に耐え、我が党は現実を直視し、日米安全保障条約を基本とする外交政策により永く平和を護り、世界第2の経済大国へと日本を国民とともに発展させた。