朱雀の、啼く

文学と、政治と。

メモ、石原吉郎について少し

 変わるものと、変わらないもの。石原吉郎を読んでいると、わたしたちの日常生活の節々と、苛酷なシベリア抑留体験とが、ある連続性を持ったものとして見えて参ります。それが如何に神話化されていようとも、わたしたちは人類的な体験を単に特異なものとして、実体験者の個人的な経験の檻の内に閉じ込めておくべきではないと思うのです。体験者というものは体験の固有性に固執をします、 それは尊厳ある人間として当然の権利であり、そこに詩的な営みの動機が置かれている場合も少なくはないと思います、そのような固有性の尊重は常になされるべきであると思いますが、共有可能なものをその経験の檻の中から解放してあげることは、体験せぬ人間に課せられた務めでさえありうるのではないか、そんな気が致します。石原吉郎の詩を読みながら、たぶん私たちには、そこにある「詩」に触れるだけでは十分な応答であるとはけして云えない。石原の詩には、詩という枠組みを超えた何者かがあります。まさにそのような超出こそ、現代芸術が直面しその根拠となし目的となさざるをえなかったような問題です。石原自身が、故国である日本へ帰還してその社会生活の有りように、ロシア抑留体験との連続性を感じていました。

 想像するに、苛酷な刑務に服するうちに、石原のなかで自由への希求が、いかばかり巨大なものとなっていったことか。そしてその憧憬を胸に抱いて再び踏みしめた日本の地、そこで経験させられた様々な出来事が、その憧れにたいし如何ほど深い裏切りとして再び胸に刻み込まれざるをえなかったことか。その思いは、論理的な言葉ではまさに語りえないものであったに違いがありません。おそらく、ただ詩の言葉にのみ、そうした思いを幾許かでも委ねることができたのだと思います。

しかし、わたしが愛する詩人たち、八木重吉もそうですが、彼らについて語ろうという時に、そこに、信仰の壁が立ちはだかるのを感じないではいられません。詩はシャーマニズムであるとする論者もおりますが、おそらく詩について語る場合、本来、哲学や通俗的な文芸学的な問題意識からは毀れてしまわざるをえない何かがあって、そこへのアプローチは、宗教的なものの構えのなかでこそ可能であるのではないかという思いがあります。八木や石原のような信仰の人が近現代詩史上、異端であるというのではなく、かれらは寧ろ信仰について自覚的であるだけ、正統的であったといえるのではないでしょうか。詩は修辞の問題でも、論理の問題でもありません。また、たんに美という範疇でのみ扱えるようなものでもないと感じます。思えば、戦後詩の始まりと目される詩誌「荒地」について云っても、その名の参照元である、T.S.エリオットは信仰の人でした。鮎川信夫の初期詩篇にも、神、をタイトルとしたものが残されています。荒地の詩人たちが懐中に有していた詩人像は、あるいは旧約の詩人たちのそれであったかも知れないと思っています。そしてその点においては間違いなく、荒地の詩的営みは、同時代の詩人たちをも、過去の近代詩人たちをも凌駕するものであり得たのではないでしょうか。たとえば、マチネー・ポエティクの詩人たちの範は主としてフランスの過去の詩人たちであったろうし、四季の詩人たちにせよ、まだ世俗的な文芸の枠のなかで創作を行うのが主であったように思えます。たとえば、萩原朔太郎においてすら、キリスト教的なものの片鱗はみられるのだし、彼が詩論を形成するにあたって参照したであろうヘーゲルにおける信仰の問題がひとつ、あるでしょう。