朱雀の、啼く

文学と、政治と。

断片 10

 中上健次の作品を、思えばまだすべて読破した訳ではないのですが、最も心酔させられたのはやはり彼であって、わけても、「枯木灘」、「千年の愉楽」、「奇蹟」の諸作品であった。だが、中上健次の作品について語られるものを読んでみても、いつも裏切られるような気がしていた。違う、そういう事じゃないんだ…一言で言うならば、ポストモダンを被った中上健次をめぐる言説は、路地が消滅したあとの世界から、中上の小説世界について語っている。わたしの中上健次体験は、そんなきれいなこざっぱりとしたものではなくて、自分自身の送ってきた少年時代の哀切な記憶と感情とが文章の中で入り交じり、作品から身を引き離すのが困難であった、そんな作品体験だったのである。北野武蓮實重彦がフランスのテレビ番組で対談をしている映像がyoutubeにアップされていたのを視聴したけれども、二人の間に中上健次がいるように思えてならなかった。北野と中上とは新宿の喫茶店時代に時を同じくしたいわば「朋輩」であったろうし(その場所には同時期に永山則夫もいたのである)、蓮實は折りにふれ中上論を執筆し、野球チーム「カレキナダ」のメンバーを務めさえしていた。北野は世界的な映画監督として現在では広く知られているし、蓮實は東京大学の総長にまで上り詰めた訳だが、比較して、中上の名は余りに寂しげな影を帯びてはいないだろうか。そこには小説という芸術ジャンルの低迷ということもあろうし、差別現象もあろうし、何か「文壇的」な事情も関与しているのかも知れない。しかし、わたしにとっては、中上の小説世界は北野の映画を凌駕しおそらく包摂しさえする、蓮實重彦より遥かに大きな存在として、中上は今もなお生きているのである。それは、彼が肉薄していた「物語」の普遍性に関わるのだと思う。それはほとんど宗教的な認識であったと思うが、仏教的なテーマや装置はあくまで小説のための素材に過ぎず、中上自身の認識の表現手段でしかなかったろうともまた思う。まだまだ、わたしは充分に語ることができない。いずれ、私なりの、中上論が書きたいと思う。わたしにとって、小説家とは、先ず以て中上健次のことである。