朱雀の、啼く

文学と、政治と。

理念

【理念】理念そのものと、理念の内容とを区別しなくてはならない。理念そのものは絶対理念、絶対精神、神とも換言することが可能である。理念の内容とは、平和であったり幸福であったり、自由であったり愛であったりする。また、理念と目的とも区別されなくてはならない。理念は目的であるが、必ずしも目的の全てを直接に理念と等値することはできない。理念は客観性であり、目的は主観性である。絶対理念=神などというと、汎神論的な仮象によって即物的な利益を覆い隠す日本文化のなかでは、殊更に宗教的との形容を受けかねないが、それは私がキリスト者であることや理念をめぐる思考が西洋の一神教的・宗教的土壌の中で育まれてきた経過とは余り関係がない。敢えて無神論的世界観を構築するのでなければ、人間の自然態は必然的に神を前提するように出来ているという見地を私は採用しているからである。

 

【理念と現実】理念に対し現実を対置する作法はごく一般的な習俗に類する。だが、理念ほどに現実的なものはないし、現実ほどに理念的なものはないという弁証法的認識こそ求められている。理念とは現実の本質とも言い換えることが可能であり、現実は理念の仮象である。仮象とは本質と本質を異にするものではなく、本質が他の本質的事象によって表現される所の、本質の必然的な一部であり過渡的な展開である。仮象は一般に虚構と等値されうるが、虚構とは単なる疎外態ではない。現実は虚構を排除した本質によって構成されているのではなく、あらゆる虚構の可能性を現実的かつ必然的な要素として包含して成立している。どんな虚構も、自らを虚構であると告白する事が出来ないのは、虚構が現実の一部としてしかありえないからである。絶対理念は世界精神とも世界理念とも言い換えられる。言い換えとは対象の別の一契機によって同じ対象を語り直す事、対象の別の側面に光を当てる事で対象の複合性や立体性を浮かび上がらせる表現法である。